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商品番号 W-CH15033112
価格34,980円(本体価格:31,800円)
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白いアネモネの花がボトルいっぱいに広がったキュヴェ「ベル・エポック」
このワインについて
生産者について
白いアネモネの花がボトルいっぱいに広がったキュヴェ「ベル・エポック」
このワインについて
子供のいなかったシャルルは、1879年、その甥であるアンリ・ガリスにメゾン ペリエ・ジュエを引き継ぎます。3代目アンリ・ガリスは「シャンパーニュ生産者協会 L’Association Viticole Champenoise (AVC)」の重要な創始者の一人としても知られており、膨大な被害をフランス全土に急速にもたらしたフィロキセラ(葡萄根油虫)対策のため、ぶどう栽培者への援助を行うという業績も残しています。
彼の功績はそれだけではありません。メゾン ペリエ・ジュエのシンボル的なキュヴェ、「ベル・エポック」を生み出したのもこのアンリ・ガリスでした。
アール・ヌーヴォーを代表する巨匠エミール・ガレにデザインを依頼し、1902年に白いアネモネの花がボトルいっぱいに広がったキュヴェ「ベル・エポック」が誕生します。しかし、その美しいキュヴェは、第一次世界大戦の混乱の中、地下倉庫の棚でその後60年もの間忘れ去れてしまいます。
シャンパーニュを飲み終わって空になってしまっても決して捨てることの出来ない、大切に保管したくなるような、まさにアートと呼べるボトルのデザイン。
1964年、再び発見されたこの「芸術品」は復活を遂げます。
生産者について
メゾン ペリエ・ジュエは、シャンパーニュ出身のピエール・ニコラ・ペリエとノルマンディ出身のローズ・アデル(アデライド)・ジュエの二人が恋に落ちたことで生まれました。二人の苗字を合わせたペリエ・ジュエという名前は、彼らの後世に長く受け継がれていくことになります。シャンパーニュのぶどう栽培者の息子だった25歳のピエール・ニコラ・ペリエは、ノルマンディのワイン商の娘として生まれた若き18歳のローズ・アデル・ジュエと出会います。二人はたちまち強く惹かれ合い、結婚。その1年後の1811年、ピエール・ニコラはシャンパーニュの卸売業を開始し、メゾン・ペリエ・ジュエを設立します。さらに3年後には、現在の本拠地であるエペルネ市シャンパーニュ通り(Avenue de Champagne)28番地に大きな家を購入します。
当時はフランス第一帝政の終焉を迎えていた混乱期でもあり、さらに、1816年と1817年は、ぶどうが最悪の出来となった年でした。
そんな辛苦をなめながらも、まだ小さい会社でしかなかったペリエ・ジュエは成長し、成功への道を歩んでいきます。そしてペリエ・ジュエの造るキュヴェはたちまち希少となり、値段が高騰。当時、普通のシャンパーニュが1.25フランほどでしたが、ペリエ・ジュエのシャンパーニュは3.60フランという高値で売られていたのです。
ピエール・ニコラのペリエ家は、18世紀の頃からシャンパーニュにおいてぶどう栽培業で根を張っていた為、若い二人が設立したメゾン ペリエ・ジュエの成功はすでに有望視されていました。